フジの開花の植物学
フジは夜の暗闇の時間を感じて花芽(つぼみ)を作る
フジは前年初夏(6〜7月頃)に花芽を作る。
そのきっかけは、葉が夜の長さ(暗期)を感知して生成するフロリゲン(FTタンパク質)である。
フジは短日傾向を持ち、夏至以降に夜が長くなる時期に花芽形成が促されるが、同時に高温や水不足、樹勢過多の影響も強く受ける。
そのため、この時期の環境条件によって、花芽ができるかどうかが左右される。

側芽を花芽(つぼみ)に変えるサイトカイニン
フジの花成は、フロリゲンだけで決まる単純な仕組みではなく、「サイトカイニン」の働きも不可欠である。
サイトカイニンは主に根や茎で生成され、細胞分裂を促し、側芽の成長を活性化させるホルモンである。
フジでは、フロリゲンの合図を受けた側芽が葉芽ではなく花芽になる際に、このサイトカイニンが重要な役割を果たす。
つまり、フロリゲンが開花を指示し、サイトカイニンがそれを実行することで、花芽が形成される。

花芽分化を妨げるオーキシン
フジは頂芽優勢が強く、ツル先端の頂芽がオーキシンを作り、側芽の成長や花芽形成を抑えている。
このオーキシンはサイトカイニンの働きも抑えるため、頂芽が伸び続ける間は花芽ができにくい。
そこで初夏に剪定して頂芽を除くと、オーキシンの影響が弱まり、側芽の一部はツルに、基部近くの芽はフロリゲンとサイトカイニンの作用で花芽へと分化する。
つまり初夏の剪定は、頂芽優勢を弱めて花芽形成を促す重要な作業である。


フジは飢餓状態で花芽を作る
フジの花成には施肥管理が重要で、花芽形成期(7〜8月)とつぼみの成長期(2〜3月上旬)は肥料を与えないのが原則である。
養分が多いと枝葉の成長が優先されるが、不足気味になると体内のタンパク質が分解され、花芽形成に必要な物質が作られる。
そのため、開花後の5月初旬に少量の「お礼肥」を施し、その後は施肥を控えるのが基本である。過度な施肥はツルばかりを伸ばし、花付きを悪くするため、与え過ぎないことが重要である。
寒い冬を越すためのフジの工夫
フジは冬に備え、花芽や葉芽を固い殻に包まれた越冬芽(冬芽)へと変化させる。この準備は寒さが来る前に完了する必要がある。
その合図となるのは昼夜の長さで、夜が長くなる変化を感知すると、葉でアブシジン酸が作られる。
このホルモンが芽に蓄積すると成長が止まり、寒さに耐える越冬芽へと移行する。
こうしてフジは花芽・葉芽ともに休眠状態となり、春まで生命を守る。


冬の寒さがフジの開花の引き金になる。
フジの越冬芽は、春の暖かさではなく冬の低温によって休眠が解除される。
一定期間の寒さを経験した芽は、気温の上昇とともに膨らみ、四月中旬から五月上旬に開花する。
花は房の付け根から先端へ順に咲き進み、満開まで約一週間、その後しぼむまでにも約一週間かかる。
つまり一つの花房は、約二週間にわたり咲き続ける。


自分で養分を作っているフジ
植物の三大栄養素は窒素・リン酸・カリウムで、特に窒素は重要である。
フジの根には根粒があり、共生する根粒バクテリアが空気中の窒素を利用可能な形に変える(窒素固定)。
そのためフジは自ら窒素を得ることができ、窒素肥料を多く与える必要はない。
むしろ過剰な施肥は枝葉の成長を促し、花芽形成を妨げるため、「与え過ぎないこと」が重要である

咲きやすいフジ・咲きにくいフジ
巨大な鉢植え状態のフジは咲きやすい。
都市のフジは、地植えに見えても実際はコンクリートに囲まれた「大きな鉢」のような環境で育つことが多い。
この制限された環境は一見不利に思えるが、根の広がりが抑えられることで栄養成長が抑制され、かえって安定して花を咲かせる場合が多い。
水はけの問題も大きな障害は少なく、フジは都市環境にも順応して毎年花を咲かせてい

後方は真の地植え(年により咲きにくい)
絞め殺しのフジは咲きやすい
フジが他木に絡み、幹同士が巻き付いて締め付け合うと、養分の流れが制限される。
その結果、光合成で作られた養分が根へ戻りにくくなり、枝や芽の周辺にとどまるため、花芽形成が促される。
管理が難しい環境でもよく開花するのはこのためで、過酷な条件がかえって花付きを良くする場合がある。

若木のフジは咲きやすく壮年期のフジは咲きにくい
一般にフジは成木の方がよく咲くと思われがちだが、都会の一歳フジ系では必ずしもそうとは限らない。
若木は移植後1〜2年で開花することもある一方、壮年期になるとかえって花付きが悪くなり、再開花に数年かかる例も見られる。
これは根の充実だけでなく、生育環境や樹勢の変化が花芽形成に大きく影響することを示している。

棚面積が広いフジ・少しでも咲いているフジは咲きやすい
フジには咲きやすいものと咲きにくいものがある。
一度でも開花した株は再開花しやすく、適切な手入れで1〜2年ほどで花を楽しめる場合が多い。広い藤棚なら未開花でも、2〜3年の管理で咲くことが多い。
一方、狭い環境で長年咲かないフジは花芽ができにくく、鉢植えの良株を補植する方が早い場合もある。
ただし、咲きにくいフジでも長年の手入れで開花する例はあり、継続的な管理が重要である。
生命の危険を感じたフジは毎年よく咲く
放置された鉢植えのフジでも、根がコンクリートの隙間から地中へ伸び、水を得て生き延びることがある。
こうした厳しい環境の中で、世話がなくても毎年花を咲かせる例も見られる。
フジは危機的な状況で子孫を残そうとして開花するとされ、その生命力が優雅な花となって現れるのである。
人に忘れられた場所であっても、土を探し、水を求め、静かに季節を待ち続けるフジ。その花が風に揺れるとき、私たちは植物が持つたくましさと、命の尊さをあらためて教えられるのかもしれません。


夜間照明の強いフジは咲かない
フジは夜の暗さの長さを感じて花芽形成の時期を判断するため、夜間の強い照明は好ましくない。
夜通し光を受けると暗期を認識できず、季節の判断が狂い、花が咲かなくなることがある。
人の灯りは便利である一方、フジの花成を妨げる場合もある。

都会のフジが咲きにくい原因
フジには高温障害があるため花芽が流れる(流産する)
フジは高温に弱く、猛暑では花芽が傷む「高温障害」により翌年の開花が低下する。特にノダフジ系は影響を受けやすく、その傾向は温暖化で広がっている。
対策としては、夏の十分な散水で乾燥と地温上昇を防ぐことが基本となる。あわせて土壌改良や敷きわらで保水性を高め、不要なツルの剪定で風通しを良くすることも重要である。
猛暑下では「涼しさを保つ管理」が開花維持の鍵となる。

都会のフジは貧栄養の真砂土に植えられていることが多い。
真砂土は養分が少なく乾燥しやすいため、そのままではフジの生育に適さない。
腐葉土やクン炭などを混ぜて土壌改良を行い、根が伸びやすい環境を整えることが重要である。
良い土壌は固相・液相・気相のバランス(約50:25:25)と団粒構造を持ち、水分と空気を適度に保つ。
このような土壌づくりが、フジの健全な生長と安定した開花の基盤となる。


フジの豆知識
返り咲きのフジ
フジは通常、脇芽が花芽となり翌春に開花するが、まれに季節外れに咲く「返り咲き」がある。
この場合は頂芽がそのまま花となり、実は結ばず、強い剪定など環境変化で起こりやすい。花は垂れず上向きに咲くのが特徴である。
万葉の歌人 大伴家持 は、この珍しい藤を愛で、想いを込めて和歌を詠んだ。
返り咲きのフジには、自然の不思議と人の心が重なっている。

自然のフジは地上茎で広がる
フジは種子だけでなく地上茎を伸ばして広がり、一本に見えても見えないところで命のつながりを広げている。
観察では、地上茎が数百メートルに及び、周囲に多数のツルを立ち上げて新たな群落を形成することが確認されている。
こうした長い年月の広がりにより、野田の藤のような景観も一株または数株から生まれたと考えられる。
フジの花の背後には、時を越えて広がる命の連なりがある。

食べられるフジの若葉・食べられないフジのマメ
フジの若葉は毒性が少なく、古くから「藤菜飯」として食用にされ、春の恵みとして親しまれてきた。
ただし多食は腹痛の原因となるため、日常食ではなく季節や備えとして節度をもって利用されていた。
一方、種子には有毒成分があり、誤食には注意が必要である。
フジは、恵みと危険の両面を併せ持つ植物である。

ハトが大好きなフジのつぼみ
フジのつぼみは、開花直前の硬さを残す頃が食べ頃で、天ぷらなどで春の珍味とされてきた。
ただし味わいは調理の工夫に左右され、繊細な扱いが求められる。
一方で、つぼみはハトにも好まれ、放置すると食べ尽くされて開花しないこともあるため、防鳥対策が欠かせない。
人と鳥がつぼみを巡って向き合う姿も、春のフジの一つの風景である。

熊蜂とフジ
フジが咲き始めると、蜜を求めてクマバチが集まる。
藤の蜜は奥深くにあるため、小さなミツバチでは届かず、クマバチが主な受粉者となる。
見た目に反して性質は温厚で、人を襲うことはほとんどない。
藤棚に響く羽音は、花と蜂が結んだ春の営みの象徴である。

